久しぶりにオーケストラのコンサートを聴きに行ってきました。
「悲愴」と「春の祭典」。高校時代これらの曲をヘッドホンで大音量で聴いて受験勉強のストレス(あるいは持て余す若いエネルギー)を発散してきた私にとって、最高のプログラム。だからこのコンサートの広告を見て早々に予約をしました。
ただ一方で、コンサート会場に向かいながら心の片隅で不安に思うこともありました。あれから20年以上。もうこれらの名曲の持つエネルギーに興奮して楽しむだけのエネルギーというか若さが自分の中に残っていないのではないか。そんなことを思い知らされる日になるのではないか。だから、このコンサートは試金石みたいなものでもありました。
で、コンサート。「悲愴」を一曲目にやるコンサートもすごいと思うけど、少し緊張しながら一楽章に身を委ねて…ブレークの後に襲いかかる音に、指先まで走る静かな興奮。「来た。」この体の中を貫く破壊的な快感に魂が洗われる。トロンボーンの絶望的な宣告には涙した。三楽章では嗚咽しかけた。4楽章の天上から降りてくるようなメロディーには魂が昇天するな絶望を感じた。
結論。私はこの曲の持つ破壊的なエネルギー、そしてチャイコフスキー得意の、魂を elevate するようなメロディが、大好きです。今でも。
妙なところで、Smoke on the Water のイントロを鼻歌で歌っている人を見かけた。
この人は Deep Purple 聴くとは思えないし... サザンが好きだったりしたら、昔桑田バンドあたりで聴いたか? ... というわけで今日の一曲はこれ。
Ritchie Blackmore 先生のしぶいギター1本で始まる原曲とは違って、桑田佳祐のやたら威勢のいい「One! Two! One, two, three, four!」でドカーンと始まるこの曲。その昔鴻上尚史が「第三舞台」で本多劇場で芝居を打ったとき(たしか『天使』じゃなかったかな?)、客入れに、会場のドアオープンと当時にこれをかけて、やたらカッコいいなあと思ったのを覚えています。
この Kuwata Band、結局これっきりのプロジェクトで終わってしまったみたいけど、当時「桑田佳祐って人は、サザンもいいんだけど、本当はこんなロックをやりたい人なんだなあ」としみじみ思いました。(正確に言うと「当時はやりたかった年ごろ」なんだろうけど。)
今年の3月に研究室から旅立ってゆく5人へ心を込めて。
(5人のうち何人が歌詞をきちんと読んで私のメッセージを受け取ってくれるかわからないけど^^;)
2001年の"Elevation Tour" のライブで、アンコールの最後に演奏した曲。
あのときボストンの観衆は、この曲を聴いて限りなく幸せな気持ちで家路についただろうな、と思います。