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2009年01月13日
ヒゲが伸びると筆が進む
たとえば作家かだれかが、「自分はヒゲが伸びると、筆が進むんだ」と言ったとする。
それは「地球の裏側で蝶が羽ばたくと…」の類いではなく、本当にその人のヒゲの長さを観察して、さらにその人の仕事量を見ることが出来たとして、その二つの観察を突き合わせると、どうやら本当にヒゲが伸びている時には文章をたくさん書くらしい、ということがわかったとする。
「どうやら本当にヒゲが伸びた時には、筆が進むらしい。」そこまでは問題ない。
ところが、そこから変なことを言い出す人がたまに居る。
「つまりこの作家はヒゲが伸びると、鏡で顔を見るたびに自分が作家として風格があると自信を持つようになり、だから筆が進むようになることがわかった。」とか、
「ヒゲがのびると男性ホルモンの×××の分泌量が増え、それが脳の△△△を刺激して創作活動にプラスに働くようになることが明らかになった。」とか。
正解は、「実はその作家は、公の場に出る必要がなく、自分の家に籠っていられる間はヒゲを剃らない。そして、どこへも出かけず誰とも会わず、家でまとまった時間一人で集中している時に、一番文章の創作に専念できる」というようなものだったりする。
つまり、最初の観察は、共通の原因である「公の場に出ない・誰にも会わない」という事実の結果として出てくる、二つの現象を観測していたにすぎない。共通の原因から生じるのだから、当然相関関係は存在する。問題は、相関関係が観測されたにすぎない2つの事象に、いつの間にか因果関係を勝手に作り上げて、あたかもその因果関係の存在が証明されたかのごとく語っていることである。この例で見られるように、相関関係と因果関係は全く異なる。この場合は「ヒゲ」も「筆が進む」のも、両方とも結果なのである。
「なにをたいしたこともないことを偉そうに」と思う人が多いかもしれない。しかし、実際に身の回りを見ると、それが研究論文であれどこかの会社の調査であれ、本質的にこれと全く同じことをしている、すなわち相関しか明らかにしていないのに、なぜかさも因果関係の存在を証明したかのごとく主張するケースが多々あるのがヒジョーに気になる今日この頃である。
以上、よくある統計分析にまつわる教訓のふりをして、私的な日記を書いてみました。:->
投稿者 umemuro : 00:02 | コメント (0) | トラックバック
2009年01月10日
否定する
人はなぜ他者を否定するのだろう?
否定することは良いところを認めるより簡単だから?
否定することによって逆に自分の価値をアピールしようとしている?
「○○を否定する(センスのいい/ものがよく見えている/勇気のある/ユニークな考えを持つ)自分」というような。
自分の価値システムと違うものを受け入れる(べく自分に納得させるようにあれこれ説明を考える)と認知負荷が高いから?
自分に信念があって、信念と違うものは「正しくない」から?
自分の信念と違うものを否定せずに存在を受け入れると、今まで「正しい」と信じて来た自分の信念を否定されたように感じるから?
自分と異質なものを遠ざけるのは本能?
経験的にひとつ確からしいのは、
「否定したこと」が客観的に見て合理的で正しいケースは、実は稀であるということ。
否定するのは、合理的な理性ではなくて、感情のはたらき?
…なんだ…自分の分野じゃないか…
投稿者 umemuro : 09:21 | コメント (0) | トラックバック
2009年01月06日
書く
書くことはつらい。
頭をひねり出さなくてはならないからつらい。
それ以前に、私の場合、書く「気分」にまで持って行く迄の段取りが大変。
それでいて締め切りにも追われるからつらい。
でも誰かが言った。「締め切りがなかったら、永遠にこれは書かないでしょう?」
多分それは正しい。
書くことは楽しい。
いったん「乗って」しまうと、つらいのだけれども、楽しい。
それは、自分の頭の中で長い時間熟成されて、いいかげん糸を引き始めたような考えの固まりが、
文章というきれいな衣をまとって目の前に現れるから、楽しい。
それは、変なたとえだが、排泄の快楽と通じる物があるかもしれない。
書くことは、やっぱりつらい。
あたまの中で大事に大事にあたためておいた間は、何かすごくすごいことを考えているような気がして
我ながら自信があったりするのだけど、
いざ文章の形にしてみると、考えがたりないところが見えて来たり、どうしてもうまく言葉で表現できなかったりして、
なんだか急につまらない考えのような気がして来て、一気に不安になったりする。
それでもやっぱり、楽しい。
なんだかいろいろあってよくわからないし、すごく疲れるのも事実なんだけど、
でも書いている間は、すごく充実した時間を過ごしている気持ちになるのも事実。
そんなわけで、正月早々(とういうより年末からずっと)、書いています。