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2007年07月09日

国境なき優しさ (そして...)

美木朋子さんという看護師さんがいます。彼女は国境なき医師団に参加し、リベリアでのミッションで、入院中のマーサという女の子に出会います。リベリアは数年前まで内戦で荒れ、マーサはまだ10歳だったときに暴行されて両足の股関節を脱臼、立つことも歩くことも出来なくなっていました。国境なき医師団の医師は、リハビリを続ければもしかしたら歩けるようになるかも知れない、しかしこのまま村に帰ったら一生歩けないだろう、と言いました。

美木さんはマーサを日本に連れて行けないだろうかと考えました。自分に何ができるのか、あるいは一人の個人の人生にそこまで介入して良いのかどうか、国際協力をする人としても、あるいは国境なき医師団のメンバーとしても、難しい問題であったのだと思います。美木さんは何ヶ月も悩んだ末、マーサを日本に連れて帰る決意をするのです。

私は2006年5月の毎日新聞の記事でこの話を知りました。そして、その後マーサは、美木さんの地元神戸でリハビリや治療を続けたり、学校へ行ったりするなかで、来日したリベリアの大統領と面会します。そして、もうすぐ日本の滞在のためのビザが切れるマーサは、アメリカで治療と勉強を続けることになりました。今日は、美木さんとマーサによる、これまでの日本での(そしてその前のリベリアでの)日々の報告会があり、神戸へ行って聞いてきました。

会場は、地元神戸だからということもあるのでしょう。出席者のかなりの人が、実際に彼女たちを直接支えて来た人たち --- 養護学校の先生方、治療をした理学療法士や鍼灸師の人たち、そして美木さんのご家族やそのお友達 --- で、これだけの(実際には今日いなかった人を含むもっとたくさんの)人が、美木さんとマーサを支えていたんだ、と実感し、こんなに優しい心を持った人たちがいることを知って実際に接することができて本当に来てよかった、と思える報告会でした。

さて美木さんのプレゼンテーションの中で、リベリアでの写真をたくさん見せてくれました。その中で何枚か、当時リベリアに居た日本人の人たちとみんなで一緒に撮った写真がありました。国境なき医師団のスタッフや、国連ボランティアの人など、美木さん自身がこんなにたくさんの日本人がいたことに驚いたと言っていましたが、その数枚の写真が私にはとても印象的でした。もっと正確に言えば、美木さんを含むその人たちの表情が、みな、自分の仕事に誇りと責任を感じているのがとてもよくわかったし、でもみんな表情は明るくて、そしてその場に居る仲間を大切にしている -- 互いに敬意を払いながら、とても仲が良い -- 様子がよくわかる、そんな写真でした。そこには、東京でよく見る、隣りの人間と競って少しでも他人より自分が前に出て、自分自身の「幸せ」(あるいは経済的豊かさと快楽)を求める日本人の表情とは全く違う種類の、たくましくて輝いていて、まぶしくてうらやましい顔がありました。

私はすっかり考えさせられてしまいました。自分は今、この地球の上で、いったい何をやっているんだろう?自分のことしか見えていないじゃないか。自分のやっていることは、いったい何の意味があるんだろう?私はいったい何のためにここで生きているのだ?

この答えはそう簡単には出そうにありません。しかし、少なくとも今の自分と全くちがう生き方をしている人たちがいる、ということは改めて、強く意識させてもらいました。

私は記事を読んで、そして今日報告会に参加して、今の日本に美木さんの様な人が生きていること、そしてその周囲をこんなにも人の優しさが広がって包んでいることを知って、心からうれしく思いました。そして同時に、上に書いた様な疑問を私に突き付けてくれた、今も世界のどこかで活躍している人たちの顔を見れたこと。この2つのことが、私に、美木さんという人を知ることができて、そして今日神戸に行ってお話を聞いて、本当に良かった、と思わせるのです。

(注: 毎日新聞の記事は残念ながらサイトから消えてしまっているようです。興味のある方は個別に私にメールを下さい。ここにPDFを貼付けてしまうと、著作権侵害になってしまうので...)

投稿者 umemuro : 00:24 | コメント (0) | トラックバック