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2007年04月28日
身勝手だと思うこと その1
朝キッチンのドアを開けると、ご飯が炊けたにおいがする。もちろん起きる時間にあわせて昨晩タイマーをかけておいたもの。
むかし子供だったとき、母親が朝ご飯を作ってくれた日々のことを思い出して、少し幸せな、ちょっと感傷的な気持ちになってみる。朝の幸せなひととき。毎日炊きたてのご飯のにおいとともに迎える朝もいいかも知んない。
炊けたご飯は、その朝食べる分をとったあと、小分けにして冷凍庫へ直行。一人暮らしの必需品。すぐに空になった電気釜は、電源を切って内釜に水を張って半日ほっといて、その日の夜帰って来た時なんかに洗う。
実はこの、内釜に水を張りっぱなしにしておいて、帰って来て「あ、洗わなきゃ」と思う瞬間が嫌い。実際には30秒で終わってしまうんだけど、「洗わなきゃ」と思う瞬間が嫌い。だから、一度に炊く量を多めにして「炊きだめ」して、週に2回程度しかご飯を炊かない。
ずいぶん身勝手な話だ。
投稿者 umemuro : 21:25 | コメント (0) | トラックバック
2007年04月23日
明るい廃墟
Virginia Tech で銃の乱射があったり、長崎で市長が狙撃されたりした先週の木曜日、朝日新聞の「私の視点」欄で作家の吉岡忍氏がオピニオンを書いていた。
(残念ながらこのエッセイはオンラインでは読めないらしい。朝日新聞のバックナンバーを探すか、私に連絡を下さい。スクラップのコピーを個人的にお送りします。)
吉岡氏の廃墟、あるいは「世の中の終末」のイメージは暗黒の闇でも、紅蓮の炎でも、狂乱でもないらしい。氏によれば「まずそこは、きらきらと明るい」。そして「人間たちは…(中略)…あれを食べたい、これを着たい、この人が好き、あれもこれもしなくちゃ、と少し忙しく、少し幸福だ。しかし、自分の忙しさや快適さや幸せの邪魔になるものについては、おそろしく不寛容だろう。無視する、キレる、あるいはひょっとして殺すかもしれない。明るくて、無知。忙しくて、攻撃的。快適で、不寛容。幸福で、暴力的。そんな人間たちがあふれかえった社会。それが、私が思い描く廃墟のイメージである」と描写する。
この文章を読んで、やられた、と思った。いや、もっと適切な表現があるのだろうけど、とにかく、私が漠然と今自分のいる社会について感じていた疑問 ー みんな結構豊かで、あまり不自由もなくて、たぶん結構幸せなんだろう。でも、漫然と感じるこの社会の住みにくさはなんだろう?という疑問 — に対して、ひとつの明確な答えを出してくれた。吉岡氏は「薄い表面を明るさと忙しさ、快適さとちょっとした幸せが覆い、飾っている」世界の終わりの姿であると断言した。そして「明るい廃墟は人間の生きる場所ではない」と斬って捨てた。ああ、これが僕自身がなんとなく消化不良のように心に溜め込んでいたものの正体なのだと。
昨日うちの大学で高齢化社会をテーマにしたシンポジウムがあり、パネリストの一人、元連合会長の鷲尾悦也氏は「共同体」の復権について述べられていた。また商工中金副理事長の大武健一郎氏は社会、特に地域社会への参画の重要性についてお話しされた。他の講演者の方も含めて非常に見識に満ちた含蓄の深いお話をされた。吉岡氏の話、昨日のシンポジウムでのお話、そして以前書いた藤原正彦先生の「国家の品格」の話と、ある共通する警鐘を現代社会にならしているように思えるのだが、一方でこれらの話が若い学生の世代にどのくらい響いたかというと正直不安である。
世の中は金儲け偏重に突っ走っている。金を儲けた人間が一番偉い。あるいは「結果」を出した人間が偉い。その人間がどんな人間性を持っているかは問題にならない。本学の学生・卒業生を含めて若い世代がこぞって「自分が」金を儲けていい家に住んで豊かな暮らしをする、自分だけは「負け組」に入らずになんとか逃げ切りたい、というゴールに向かって突っ走っている。だって「競争社会」なのだから。そう思っていれば、吉岡氏の廃墟の光景はある意味必然の結果であるし、鷲尾氏や大武氏の望んだ社会での個のつながりの実現は遠のき、経済はどんどん発展するけど社会は崩壊する。すべて彼らの警告と逆の方向に進んでいるように見える。
以前にも書いたけど、今の競争社会は「グローバリゼーション」というのしを付けたアメリカの経済的帝国主義の支配体制が具現化したもの。ヨーロッパはそれでも「アメリカ流グローバリゼーション」とは一線を引いて自分のポジションを保っている様に見える。だって「誇り高き欧州」と「新参者の新大陸」だもんね。一方我が国は何にも考えずすんなり受け入れつるあるようだ。少なくとも日本の政治家にそんなことを考えるつもりはないらしい。ま、日本は51st State だからしょうがないか。でもいいんですか?自分の国の貧困層の問題を未だ解決できないまま、富裕層とエリートに集中した富と知を武器にそれが唯一絶対の価値だとして世界に自分のシステムを押し付ける国の言う事すんなり聞いていて。当然予測される結果は、比較的近い将来日本はアメリカと同じ貧困層と社会不安の問題を抱えて、社会崩壊する、だと思うのだが。
投稿者 umemuro : 01:08 | コメント (0) | トラックバック
2007年04月17日
Silent prayer for Virginia
おおかたの技術は、人間が合理的に(あるいは理性的に)扱っている限り、安全なはずだ。火だって、刃物だって、自動車だって、原子力だって、そして銃だって。
でも、人間の理性は実はとても脆い。
一方で、技術は加速する。今この瞬間も、速いものはどんどん速く、強いものはどんどん強く、小さいものはどんどん小さく、大きなものはどんどん大きくなっている。
人間が理性と合理性を失った時でも、技術から人間を守れるのか。実に古いテーマである。
にも関わらず、技術を作る(そして売る)人間は合理的な人間を暗黙に想定して技術は安全だと主張し続けた。そして「想定外」の対応を怠って来た。
そしてまた、人間が犠牲になった。
技術を学ぶために集った、意欲と希望を抱いていた若い命、そして若い命を救おうとした命。全てに涙する。ただ、悔しい。
投稿者 umemuro : 23:47 | コメント (0) | トラックバック
2007年04月10日
レコードを聴く"エクスペリエンス"
「今日の一曲」の方で、昔ばなしのついでに「レコードに針を落とす」という表現を使ったら、「『針を落とす』というのはリッチなエクスペリエンスだ」という指摘をしてくれた人がいたので、ちょっと考えてみました。(今回はある一定年齢以下の人にはわからない話かも知れない。ごめんなさい。)
レコードに針を落とすって言うのは... なんだろう。まずレコード(LP)はCDと違って割れるし、聴くたびに確実に劣化して行く、fragile なものだっていう前提が「聴く」行為を特別にしているんじゃないかな、って思います。
扱いが手荒だと傷ついたり割れたりするから、レコードをプレーヤーにそっと乗せる。今日1回聴くと、自分の大切な財産の価値がまた減ってしまうんだけど、それよりも自分が今聴きたいという気持ちの方がとても強いんだという事を改めて確認して、事に及ぶ。無造作に針を落としてしまうと傷になったり、曲の途中に落ちてしまったり、下手するとレコード盤の外に落ちて「大変な事態」になったりするから、慎重に事を行う。張りつめる緊張。無事針が乗ってノイズが聞こえてくると、安堵。でも心臓がちょっと高まったのが収まるほどの間もなく、音楽が鳴り始める...
「音楽を聴く」ことにこれだけの儀式と自分の気持ちの確認と精神的・生理的高揚があった時代なんだなあ、と改めて思いました。確かに「リッチ」な時間だ。
投稿者 umemuro : 00:09 | コメント (3) | トラックバック
2007年04月06日
マンガの向こうに見ていたもの
エスカレータに乗って立ち止まっている私の横を、大学生とおぼしき男 — というよりは英語でboyと言った方がしっくり来る — が足早に追い抜いて行く。片手に少年ジャンプを、まるで聖書のように抱えながら。その姿を見送りながらふと考えたこと。
なぜ20年前の自分は、大学のサークルの部室であんなに長い時間を費やしてマンガを読みあさっていたのだろう?今現在でも学生室に行けばジャンプやサンデーや、数シリーズの単行本コレクションが積まれている。たまに超多忙な時に突然30分とか1時間とか現実逃避をしにいく事は有るが、日常習慣的に読む事は無い。だから思う。なぜ — ちょうど今現在目の前にいる学生たちと同じ様に — 昔はあれだけの時間をマンガに費やしていたのだろうか、と。
この問いに対する答えは、まだはっきりとはわからない。ただ現時点での考えは、いかにそれまで自分の知らなかった広い世界が存在するのかということを、確認する作業だったのではないか、ということ。高校生だった頃、受験勉強と部活と家だけで完結していたころには知らなかったそれは、歴史であったり料理であったり、格闘技であったりあるいは自分と完全に違う場所で同じ時間をパラレルに生きている違う世界の人間であったり。
高校生のころはそれなりに違う世界への憧れはあった。例えばロックに憧れていた。でもその向こうに見える世界は、西欧、あるいはポップカルチャーというある意味画一的な世界だ。その世界には詳しくなった。ある程度。しかし大学のサークルの部室に散らばっていたマンガは、全然違う、もっと広い世界のことをを知っている人がいる — しかも案外身近に — ことを伝えていたのではないだろうか。
じゃあ、今なぜ読まなくなったのか。多分、少し長く生きて、世の中だいたい何がどこにあるか見える様になったからではないか、というのが今の見解。何がアフリカにあって、何が歌舞伎町にあって、何がワシントンD.C.にあって、何が六本木ヒルズにあって…多分、今の自分にとっての「新しい世界」の質が変わったのだろう。 (それとも単に「忙しく」なっただけかも知れないが)
最後の疑問。高校を卒業して大学に入った若者に、新しい世界を見せるのは本来大学の — この場合は狭義の大学、すなわち講義だったり研究だったり — の役割だったんじゃないのか? これに対する答えは、(大学の)黒板に書かれていた数式の向こうに見えた世界があまりに抽象的すぎたからか、あるいは同じ世代からのメッセージの方が強く伝わったからか — まだよくわからない。