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2006年08月09日
「超一流」に触れた衝撃
今回実はSIGGRAPHは「おまけ」みたいなもんだった。U. S. Air Force の招待で Dayton に行く日程の前後に、「自分で費用出すならついでにどこに行って来ても良いよ」ということだったので、それではせっかくだからかねてから気になっていたSIGGRAPHが一週間前にあるので、ひとつどんなもんか覗いてみようか、ということにした。
しかし終わってみると、この(SIGGRAPHの会期の)1週間は、全く予想しなかった重要な一週間になった。Blog にいろいろ書いていた「新しいインタラクションがうんぬんかんぬん」なんてことは実は大して重要ではなくて、それよりもSIGGRAPH に素晴らしい作品や研究を出した人たち、さらに、それこそ「おまけのおまけ」だった(SIGGRAPH会場でたまたまポスターを見かけて知った)Media Lab での岩井俊雄さんの講演会で岩井俊雄さん、石井裕先生のお二人という、世界の「超一流」の人たちに接したことが私の中に大変大きな変化を起こしつつある。
Electronic Theater の作品や岩井俊雄さんのことは先日書いたので省略するが、岩井俊雄さんの講演会で期せずして「生の」石井裕先生の「超一流」のオーラに接してシビレて帰って来たので、あらためて石井先生のことをネットで調べてみたら、リクルートのTech総研に今年4月のインタビュー記事を見つけたので読んでみた。非常に良い記事で、電電公社時代に夜の8時から自分の研究をしていたこと、タンジブルビットのコンセプトを立ち上げる過程の話などを読んで、今の自分との違いに愕然とした。
インタビューの中で「マウスの改良なら、マウス自体の成功が確立していますから安全。これはある意味、安心して研究できる。しかし、私はマウスに代わるもの、マウスを覆すようなコンセプトを提唱したかった。」「『世界にインパクトを与えたか』『パイオニアとして新しい分野を切り開いたと世界が認知したか』『その分野が本当に人類にとって重要か』」「何かのプレッシャーがなければ、必死さは生まれないと思っています。自由に研究していい、と言われて、本当にいい研究ができるかどうか。忙しいからこそ必死になる。忙しさの中で必死にヒントを見つける。」「私は、多くの日本人が弱いのは、『深み』ではないかと思っています。哲学、と言ってもいいかもしれない。例えば、なぜ、という質問に答えられるか。なぜ、その研究なのか。なぜ、自分は生きているのか。なぜ、自分という存在はあるか……。世界にどう貢献するのか、という大義をもっているかどうかです。」という言葉を読めば、今自分がやっていることは「なんでもない」ということが痛いほどわかる。既存の研究の方法論の中で繰り返しをしていれば、論文は書ける。しかしそれが何だというのか。自分は社会にどんな価値を提示して来たか。Nothing である。つまるところ「マウスの改良」しかしてこなかった。
さらに今回私を強く揺さぶったのは、岩井俊雄さんが私よりたった2歳年上、そして石井裕先生がMITに移ってタンジブル・ビッツのコンセプトを「寝る時間と食べる時間を極限まで縮め」て考えていたのが今の私より2歳若い時だった、ということを知ったことである。ビジネスの世界で同じ年代の人が大きな仕事をしたり成功したりしているのを読んで刺激を受けたことは度々あった。しかし今回ほど現在の自分を全面的に見直すほどの衝撃を受けたことはない。
石井裕先生は語る。「人生は長くありません。私は常に死を意識しています。自分が作った技術の行く末をどこまで眺められるかもわからない。結果の収穫ができるかどうかもわからない。ならば急がないと。」私に残された時間も限られている。その残された時間で「超一流」に近づくことは出来るのか。戦いが始まった。

投稿者 umemuro : 2006年08月09日 12:25
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