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2006年08月20日

One Laptop Per Child

MIT Media Lab 所長 Nicholas Negroponte 先生の提唱する One Labtop Per Child (旧 $100 laptop) project が、最終形を発表したようですね。

http://www.wired.com/wired/archive/14.08/laptop.html?pg=1&topic=laptop&topic_set=

このプロジェクトは$100 のラップトップPCを作って発展途上国の子供たちに「教科書を配布する様に」配って使ってもらおうとする、いわゆる digital divide を克服する試み。昨年記事で読んだのですが、今年はもうほぼ生産段階に入ったというスピードに驚いています。

スペックを記事で読み、デザインを写真で見ると、さすが、という出来です。既成概念にとらわれていたらきっとこんな発想は出来ないでしょうし、初期のデザインの写真も同時に掲載されていて、デザインの進化も非常に興味深いです。最終的に価格は$140程度になると言われていますが、十分「不可能を可能にした」結果として評価でされるべきと思います。(しかも Negroponte 先生は量産が始まれば $50になるなんて言ってるし...)

ただ、記事を読んで気になったのは、まだこれをどこの国に販売(配布)するかのメドが全くと言っていいほど立っていないということ。Negloponte 先生は、中国、ブラジルなど主要な「想定される顧客」と交渉を続けているらしいですが、どの国もこれを100万台単位で購入することを拒んだとのことです。まあこれだけのものをこんなに安い価格で作ろうと思ったらどうしても規模の効果に頼らざるを得ないと思うのですが、$140とはいえ100万台買ったら 150億円以上。発展途上国では実績も無いものにポンと出せる金額ではないんだろうな、ということは理解できますが。しかもどの国も産業や公共工事に比べて教育の優先順位は低いのだろうし。(しかし中国やブラジルは金持ってるだろうと思うんだけどなあ...)

ならば、もし Negroponte 先生の言う「一口100万台」が発展途上国にとって too much なのなら、例えば日本が ODA として一括購入してそれを複数の国に分割して配布するくらいのことをしてもいいのではないか、と思うのです。援助資金としてそのくらいの金は当然毎年軽く出している訳だし。あるいは、UNICEF がキャンペーンを張ってもいいといいと思います。「一人一台$140の laptop を買って下さい。発展途上国の子供に送られます。寄付された方には子供から電子メールが届きます。」とか。100万口くらいの募金はすぐ集まるでしょう。

もしも万が一、こんなところで、スポンサー側でも受け入れ国側でも「パソコンは Windows が動いて Word と Excel が動かなくては意味が無い」などという非本質的な意識が障害となっているとしたら、全く持って現在の情報化社会の本質、特に教育に与えるインパクトを見誤っている。本質はネットワーキングにある。メールとウェブ、これさえ出来ればどれだけの世界が、どれだけの力が生まれることか。

当然 Bill Gates 財団は Windows の載っていない PC には $1も出さないんだろうし。

One Laptop Per Child project

投稿者 umemuro : 09:11 | コメント (1) | トラックバック

2006年08月17日

そらべあ

こういうの、弱いんだよね...

http://www.solarbear.jp/

そらべあ

投稿者 umemuro : 00:16 | コメント (0) | トラックバック

2006年08月15日

Culture

先週は U. S. Air Force の招きで、Dayton に行ってきました。もう1年ぶりくらいかな?
今回のお題は「Cultrual consideration」。私の専門は必ずしも cultural study では無いので、講演はどうしようかと思ったのですが、前の週のSIGGRAPHで感じたことから始めて自分自身が国際会議に出掛けたり大学でいろんな人と接している際に思ったことをつれづれに話して、最後に陳さんの研究の結果を少し紹介して来ました。全編を通して聴いている人の反応がよく、終わってから「こんな風に思っているのは自分だけじゃないんだと思ってうれしかった/興味深かった」というコメントをしてくれた人が多かった(特にアメリカ以外の国から来ている人から)のが印象的でした。
しかし今回数日間いろいろな人と議論をしてみて、アメリカ人は実に他の文化を理解しようと勉強したり努力したりしているということがわかりました。例えばこれは9.11以降だと思いますが、イスラム教について実に良く知っている。そして本来のイスラム教徒とイスラム原理主義の違いについて、「なぜ本来平和的な宗教がこのような極端(extreme)な行動に走り、しかも未成年や妊娠した女性などまでが自殺行動に走るのか」という議論を熱く語る。私はオウムの例を挙げて対比するくらいが関の山。いかに自分が不勉強かということとともに、他民族国家アメリカがこれまでそのような文化・宗教の多様性に直面せざるを無かった歴史を持っていることを痛感してきました。
日本人はそれでなくてもなんとなく(多かれ少なかれ)仏教を単一宗教として仮定しがち。しかも私たちより若い世代は宗教への帰属意識が急速に希薄になっています。おのずと他の宗教についても興味を持ったり理解しようとする意識が低い。だからテレビで評論家面した人間が無責任にしゃべることにみんなでふんふんとうなずいてしまう。一方でアメリカでは良しにつけ悪しきにつけインテリ層がきちんとそういうことを勉強している。これから移民が増えるであろう日本にとって、これは危機的な状況だな、と思って帰って来た次第です。

With CCL fellows

投稿者 umemuro : 00:24 | コメント (0) | トラックバック

2006年08月09日

「超一流」に触れた衝撃

今回実はSIGGRAPHは「おまけ」みたいなもんだった。U. S. Air Force の招待で Dayton に行く日程の前後に、「自分で費用出すならついでにどこに行って来ても良いよ」ということだったので、それではせっかくだからかねてから気になっていたSIGGRAPHが一週間前にあるので、ひとつどんなもんか覗いてみようか、ということにした。

しかし終わってみると、この(SIGGRAPHの会期の)1週間は、全く予想しなかった重要な一週間になった。Blog にいろいろ書いていた「新しいインタラクションがうんぬんかんぬん」なんてことは実は大して重要ではなくて、それよりもSIGGRAPH に素晴らしい作品や研究を出した人たち、さらに、それこそ「おまけのおまけ」だった(SIGGRAPH会場でたまたまポスターを見かけて知った)Media Lab での岩井俊雄さんの講演会で岩井俊雄さん、石井裕先生のお二人という、世界の「超一流」の人たちに接したことが私の中に大変大きな変化を起こしつつある。

Electronic Theater の作品や岩井俊雄さんのことは先日書いたので省略するが、岩井俊雄さんの講演会で期せずして「生の」石井裕先生の「超一流」のオーラに接してシビレて帰って来たので、あらためて石井先生のことをネットで調べてみたら、リクルートのTech総研に今年4月のインタビュー記事を見つけたので読んでみた。非常に良い記事で、電電公社時代に夜の8時から自分の研究をしていたこと、タンジブルビットのコンセプトを立ち上げる過程の話などを読んで、今の自分との違いに愕然とした。

インタビューの中で「マウスの改良なら、マウス自体の成功が確立していますから安全。これはある意味、安心して研究できる。しかし、私はマウスに代わるもの、マウスを覆すようなコンセプトを提唱したかった。」「『世界にインパクトを与えたか』『パイオニアとして新しい分野を切り開いたと世界が認知したか』『その分野が本当に人類にとって重要か』」「何かのプレッシャーがなければ、必死さは生まれないと思っています。自由に研究していい、と言われて、本当にいい研究ができるかどうか。忙しいからこそ必死になる。忙しさの中で必死にヒントを見つける。」「私は、多くの日本人が弱いのは、『深み』ではないかと思っています。哲学、と言ってもいいかもしれない。例えば、なぜ、という質問に答えられるか。なぜ、その研究なのか。なぜ、自分は生きているのか。なぜ、自分という存在はあるか……。世界にどう貢献するのか、という大義をもっているかどうかです。」という言葉を読めば、今自分がやっていることは「なんでもない」ということが痛いほどわかる。既存の研究の方法論の中で繰り返しをしていれば、論文は書ける。しかしそれが何だというのか。自分は社会にどんな価値を提示して来たか。Nothing である。つまるところ「マウスの改良」しかしてこなかった。

さらに今回私を強く揺さぶったのは、岩井俊雄さんが私よりたった2歳年上、そして石井裕先生がMITに移ってタンジブル・ビッツのコンセプトを「寝る時間と食べる時間を極限まで縮め」て考えていたのが今の私より2歳若い時だった、ということを知ったことである。ビジネスの世界で同じ年代の人が大きな仕事をしたり成功したりしているのを読んで刺激を受けたことは度々あった。しかし今回ほど現在の自分を全面的に見直すほどの衝撃を受けたことはない。

石井裕先生は語る。「人生は長くありません。私は常に死を意識しています。自分が作った技術の行く末をどこまで眺められるかもわからない。結果の収穫ができるかどうかもわからない。ならば急がないと。」私に残された時間も限られている。その残された時間で「超一流」に近づくことは出来るのか。戦いが始まった。

SIGGRAPH logo

投稿者 umemuro : 12:25 | コメント (0) | トラックバック

2006年08月07日

Toshio Iwai @ MIT Media Lab

SIGGRAPH最終日、Emerging Technology の会場でふと目に止まったのが岩井俊雄さんの MIT Media Lab での講演会のポスター。
というわけで、このサーバがダウンしている間の先週4日金曜日、MITに講演を聴きにでかけて来ました。

MIT List Visual Art Center の地下の auditorium は満員立ち見の大盛況です。オーガナイザの石井裕先生の紹介に続き、岩井俊雄さんが話を始めました。

話は岩井さんの子供時代からはじまり、子供の頃どんなことをして遊んでいたのか、そして自分でおもちゃを作り始めたこと、成長するにつれてどのような技術に接したのか、そして自分が興味を持った「発明」を深く掘り下げて行ってそれを自分で解釈し直してきたプロセスなどを経て、最新の作品までを膨大な映像資料を使って約2時間でたっぷりお話しして下さいました。作品が紹介されるたびに客席からは感嘆のため息や笑いがもれ、またYAMAHAと共同開発中の新しい楽器「TENORI-ON」の、岩井さん自身による生演奏には拍手がなかなか鳴り止みませんでした。とにかく密度の濃い2時間弱でした。

今回岩井さんのお話を聞いて一番感じたのは、優れたアイディアというものは、必ずしも一時の思いつきではなく、優れた発想を持った人が長い年月をかけてアイディアをあたため、ひとつひとつ形にしてきた仕事の上に初めて成り立つのだ、ということ。SIGGRAPHで Morphovision を見た時にはなんでこんな発想ができるのだろう、と只ただ感嘆するのみでしたが、今日のお話を聞いて、岩井さんが本当に20年も30年も昔から興味を持ってさまざまな形にしてきたものの線の上にこれがあるということがとてもよくわかりました。これは、研究者としての自分を振り返る上で大きく考えさせられる点です。

もう一つは、岩井さんが講演の最後に「これは特に Media Lab で話をすることに意味があること」と言って語られた、お子さんとの接し方について。岩井さんのお子さんは今年6歳になるけれども、コンピュータや携帯電話などの最新技術に一切触れさせていないそうです。その代わりに紙を切ってつなぎ合わせたり、木を使ったりして動くおもちゃをいっしょに作っているとこと。これは最新技術を駆使する media artist の言葉としてある意味ショックでした。おそらく御自身が子供の頃自らの手で様々なおもちゃを作り出して来たことで得られたことの大切さ、重要性がわかっているからなのでしょう。岩井さんがお子さんとどのような生活をしているかが、岩井さんの最近の本「いわいさんちへようこそ!」として出版されたそうなので、早速注文しようと思っています。

とにかく、cutting edge を生み出し続ける場所で、こんなに才能のある人が集まって、こんなに刺激的な話をしている。こういうのを本当の center of excellence というのでしょう。これからの自分にとって本当に貴重な経験でした。

(岩井さんご自身が講演の様子をご自分の blog に書かれています。是非ご覧下さい。 http://tenorion.exblog.jp/m2006-08-01/#3509719 )

MIT Media Lab

投稿者 umemuro : 12:11 | コメント (2) | トラックバック

2006年08月04日

国際社会の一員になるか、それとも...

SIGGRAPHも今日ですべての行事が終わり。というわけで会議をふりかえっての雑感など。

今回初めて参加した訳だが、最も印象的だったのが、単にコンピュータグラフィックス技術の祭典ではないということ。おそらくこれはもう何年も前からだと思うけど、むしろ軸足は新しいインタラクションの方法論や技法に移っているように思える。そう言えばロゴは「Interaction/Interface Boston 2006」がデザインされたものだったっけ。もっとも、今回私が参加しようと思ったのはまさにここを見たかったからなので、そう言う意味では狙い通り、ということなのだけれども。

もうひとつ今回改めて強く感じたのは、日本人はもっと英語を訓練した方が良い、ということ。今までの経験から、こういう国際会議に来て英語のアクセントがきつくて聞き取れないワースト4は日本人、中国人、インド人、そしてフランス人なんだけど、特に今回ひどいと思った。せっかく内容のある発表をしても、発表始めてしばらくしてこれは聞けないと思ったら会場を出てしまう人がポロポロ居るし、質問の時間になっても、きっと質問しても聞き取れないと思ったら質問もしてくれない。国際会議で、受けた質問を発表者のために通訳する通訳がつく、なんてのは今回始めて見た。もちろん日本人の発表。私だってそんなに英語うまいとは思わないし、英語聞き取れないことはたまにある。でも、内容が優れた研究をしているんだから良い、国内学会では高く評価されているんだから良い、ちゃんと英語の原稿をつくってしゃべるだけしゃべったんだから良い、という姿勢は是非やめてほしい。そうでないといつまでたっても国際的な研究者のコミュニティに入れてもらえない。コミュニティに入るということは「こいつとは話をすることができる」と思ってもらえることなのだから。特に若い大学院生〜の世代は、これから研究者・技術者として生きて行くのなら、英語は必要最低限読み書き会話が出来ることを習得していてほしい。(もっともどんな職種でもあてはまることなのだけれども)

上の話題に関連して。今回 SIGGRAPH では写真撮影と録音が厳しく禁止されている。会場に着いて、参加登録して最初にもらうガイドの最初のページに明記してあって、違反したら以後会議に参加させないとまで書いてある。でも実際には会場内でポスターからプレゼンテーションから平気で写真を撮っている人間が多数居るが、私の見た限りでは大多数が日本人か中国人。注意事項など読まないのか、それとも違反して当然と思っているのか。
もちろん西欧社会の中にだって、ルールを守らない人間は居る。しかしルールを決めたら、大多数の人間がそれを真摯に守ることによって社会が成立している。西欧社会は、このような日本人や中国人を見て、自分たちが長い間築き守って来た社会の基盤を破壊する野蛮な人間の群れがやって来たと思っていることだろう。日本国内でもこのような動きは常々大問題だと思って来たが、我々が国際社会に受け入れられるためには、まずはその社会を尊重する (respectする)ことが第一歩である。そうしなければいつまでも一員にはさせてもらえない。それともこのまま、西欧社会が長年築いて来たものを破壊し尽くして国際社会の常識自体を変えてしまう、野蛮な侵略者を貫くのか。

そんなわけで会議場内の写真はないので、会議場玄関前にあった牛のアートシリーズとボストンの街の写真を。
さよなら SIGGRAPH2006。

牛のアート1とボストンの街 牛のアート2 ボストンの夜景

投稿者 umemuro : 06:35 | コメント (0) | トラックバック

2006年08月02日

Cooling your room, warming our globe.

夏にアメリカに来る度に毎回思うことだけど、アメリカ人の冷房依存症はちょっと異常。
飛行機の中も、空港や公共の建物の中も、オフィスの中も、そして車の中も。SIGGRAPHの会場だって、小学校の体育館が3つくらい入りそうな会場で、半袖など着て座っていようもののなら腕が冷たくなって凍えそうになるくらい冷やしているのだから、どれだけのエネルギーを使っているのやら。夕方会場から外に出た時に一瞬にして眼鏡が曇ったのにはまいった。日本でクールビズにして冷房を28度にしようと推進している人は、きっと気絶してしまうだろう。
これは先日行ったオランダとは全く対照的。実際行った期間中は最高気温は30度に達するような毎日で、「暑い」と言っていいと思うんだけど、会場になった国際会議場にはエアコンのない部屋がたくさん。乗った国鉄の列車にも泊まったホテルにもエアコンがなかったし(決して安いホテルではない)、自動車のエアコンの普及率も低いらしい。日本の様に蒸し暑い酷暑の国でないということもあるんだろうけど、おそらくヨーロッパ全体で環境問題への関心が高いのも一つの要因。特にオランダは海の水位の上昇はまさに国家の存亡がかかった死活問題。自転車を使う人が多いのも当然なのでしょう。
一方アメリカ。自分たちが世界の中心(もっと言えば世界そのもの)だと信じている人が少なくないこの国では、そんなヨーロッパの人々の声も、アジアの東端の古都で決まった約束も、全然耳に入らず、燃費の悪い車を大量に乗り回し、エアコンをガンガンにかけて二酸化炭素を排出し続けるつもりのようです。今日のSIGGRAPHの最後のスペシャルセッションのテーマが自動車でした。最後の講演者が MIT の Media Lab の人で、カーシェアリングと電気自動車を活用した新しい都市交通のプロジェクトの話をしてくれました。技術的にはもう実用化の段階まで出来ているし、デザインも本当に美しいと思いました。が、Pixar の映画「Cars」の話や自動車メーカーの話、カリフォルニアに出来た Aston Martin のショールームの話は熱心に聞いていた客の多くが、この話は途中で帰ってしまいます。前の講演者のスピーチで「車が好きで好きでたまらなくて、自分の車を磨き上げることに情熱を持っている人?」と聞かれてほとんどの人が手を挙げるような客層ですから、公害やら渋滞やら地球温暖化の話は聞きたくもないし、カーシェアリングなどきっと "It never happens here." と言って帰っていったことでしょう。MITのプランは素晴らしいと思いますが、きっとこの国では日の目を見ることはないんでしょうな。(あるとすればヨーロッパか日本かな?)

MIT Media Lab Smart Cities City Car
(上の絵をクリックして、MIT Media Lab Smart Cities のページから、Concept Car Project をクリックして下さい。)

投稿者 umemuro : 10:18 | コメント (0) | トラックバック

2006年08月01日

SIGGRAPH

今年初めて SIGGRAPH に参加しました。
ACMというアメリカの情報処理学会の、コンピュータグラフィック関連の「国際会議」なのですが、まずなによりもその規模の大きさに圧倒されました。今まで参加したどの国際会議よりも大きい! 先日行ったIEAも大きすぎると不平を言っていましたが、その比ではありません。
それにいろいろな「流儀」も違う様に思います。何と言っても通常の研究発表の他に、幕張メッセや東京ビッグサイトでやるような企業の exhibition がどーんとあるのです。他の国際会議へ行ってもよく地元(開催国)の関連企業のブースの出展がありますが、全く規模が違います。Microsoft や Google など情報大手、nVidia や ATI などハードメーカーの他に LucasfilmPixar まで派手なブースを出して、その数数百。雰囲気は東京モーターショーとでも言いましょうか。(そのために Boston Convension & Exhibition Center という大きな会場を丸ごと貸し切り!)
そしてもうひとつ、会場で job fair も大々的にやっています。コンピュータグラフィック関連の人材を採用する企業が来ていて、応募者はあらかじめ resume をエントリーしておくと、会場で面接をしてもらえる仕組みです。また、通常の論文発表・ポスター発表の他に art gallery や animation theater, "sketch" といったさまざまな種類のイベントがあり、こういったところも同じ ACM の会議である CHI などとも違うように思います。そんなわけで、勝手がわかる前に会期が終わってしまうのではないかとあわてています。
さて私はコンピュータグラフィックの処理やハードウェアなどの技術的な話を聞いても仕方ないので、新しい interaction や interactive art の話や展示を中心に回っています。今日はスペシャルセッションとして "Plugged In: Creating Emotional Responses Through the Use of Entertainment Technology in Live Performance" と題して、世界のディズニーランドのショーやパレードを設計した人やダンスパフォーマンスとコンピュータのコラボレーションをやっている人が出て来て、観客に emotional response を引き起こすということはどういうことなのかという話をしました。このあたりが、単にCG技術だけでない、この会議の裾野の広さだと思います。ソフトウェアエンジニアやハード屋さんにはつまらない話題だったかも知れませんが、実にすばらしいプレゼンテーションで、とても勉強になりました。
明日から企業展示もオープンします(今日までは設営だったらしい)。また頑張って回らないと。

Boston Convention and Exhibition Center

投稿者 umemuro : 10:14 | コメント (0) | トラックバック