« 3月...だって??... しかももう終わり??? | メイン | 卒業式 »
2006年03月26日
土足から逃走までの構図
かねがねから気になっていたのですが、古くは Indiana Jones シリーズ、近いところだと Mummy などの映画の中で登場人物がやっていることは、共通して
(1) 自分たちの母国でない異国へ乗り込む (「土足」)
(2) その国の人が長い年月守り継いで来た「遺跡」をこじ開けたりつぶしたり燃やしたりしてめちゃくちゃにする(「蹂躙」)
(3) 馬(車)に乗って高らかに笑いながら去っていく (「逃走」または「あとは野となれ山となれ」)
という構造をもっているように思えます。これは視点を主人公におけば「命がけの大冒険」になるのかもしれませんが、視点を彼の地の人々においてみれば「他所から来た人でなしどもの無法」以外の何ものでもないのではないか、と何年も思って来ました。
実際の歴史においては、近代国家(日本を含む)が「近代国家でない国」に「探検隊」を送り、遺跡を「発掘」して埋蔵品を持ち帰る、といったことは、おおっぴらどころか国の威信をかけて国家元首命でおこなわれてきたことで、そういう「伝統」のある欧米では抵抗が少ないのでしょうか。そうして持ち帰られたさまざまなものが欧米の美術館へ行くと「美術品」として展示してあるのですが、そういったものよりも、キュレーターがきちんと「買って」来たり寄贈されたりした近代以降の美術品の部屋の方が居心地が良いのは私だけでしょうか。エジプトの mummy の展示室なんか、墓暴き以外の何ものでもないなあ、と思うのですが。
かねがね私の頭の中にあったそんな疑問に、今日初めて「反論らしきもの」を耳にしました。なんとなく点けていた NHK特集「新シルクロード」総集編の中の話。11世紀に描かれたと思われるトルファンの壁画を20世紀に発見したドイツ人探検家いわく、「この壁画をはぎとって持ち帰らないことこそ罪だと考えた。この仏教美術は、当時彼の地を支配していたイスラム教に偶像崇拝と見なされ、破壊されるかもしれないからだ」とのこと。ふーん、と思いましたが、それにしては列強諸国がこぞってはぎ取っていき、今では世界中に散らばっていて現地には何もないというのは、どうにかならないもんだったんでしょうかね。まあ時代が時代だったのだと言えばそれまでなのかもしれませんが。
しかし話は違いますが、私の出身高校の社会の先生は変わり者で、20年以上前に、1学期の試験は白紙にアメリカの地図と州境を描き、州都を書き込め、というもの。2学期は中国地図と省+自治区と省都。3学期はインド。当然新疆ウィグル自治区の場所と形も描かされました。当時はなぜヨーロッパではなくて中国とインドなんだ?と思っていましたが、今あれで助かっている同級生はいっぱい居るだろうな、と思います。

投稿者 umemuro : 2006年03月26日 22:54
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.umemuro.net/mt3/mt-tb.cgi/85
コメント
コメントしてください
サイン・インを確認しました、 . さん。コメントしてください。 (サイン・アウト)
(いままで、ここでコメントしたとがないときは、コメントを表示する前にこのウェブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)