2005年05月04日
Minute
アメリカに住んで居た時、「日本では列車が定刻より1分遅れたら、運転手は始末書なんだってよ」という話をしたら、まわりのアメリカ人は驚くと言うよりも、笑って相手にしてくれなかった。「なにバカなことを」という感じで。
また、日本でアメリカからのお客さんとの待ち合わせに遅れた時に、「日本人の良くも悪くもある所は、時間をquarter hour (1/4時間=15分)や half hour (1/2時間=30)単位でなく、分単位で行動するところ。だから電車が一本遅れると、その後の予定が全部狂ってしまう」なんて話もした。
「90秒遅れ、欧米では『時間通り』 日本では定刻が常識」(朝日新聞)
確かにアメリカへ行って電車に乗ると、時刻表なんてあってないようなもの、という感じを受ける。ボストンのグリーンラインなんか、駅の手前で電車が2両3両鈴なりになっている事もあるし。(まあグリーンラインは地下鉄と言うよりは streetcar だけど。)
でも、だからといって日本がきっかりしすぎで、「国際標準」に合わせればいいなんて全然思わない。時間通りきっかり仕事をするのは日本人の competence (競争力)で、工場などでの生産性・品質はそういった「国民性」に支えられていると思う。東京圏の鉄道が「ラテンの時間感覚」で運行されたら大混乱だろうし、私なんかストレスで血管が切れまくりだろう。(もっとも、大学の授業も「いつ始まるかわかったもんじゃない」でいいって言うんなら話は別だけど。)
しかし、運行時間に遅れを出した運転手に、草むしりさせたり、ペンキ塗りさせたり、就業規則の写本をさせたりするっていうのはいったいなんなんだ?
「遅れ回復の120キロ走行、運転士の常識 JR宝塚線」(朝日新聞)
今は江戸末期か明治時代か?こんなの「教育」でもなんでもない、体罰もまっさおの人権侵害じゃないのか?欧米ならそれこそ大問題だろう。これで遅れが無くなってそれでOKなのか?何も解決しない、ただ強迫観念を植え付けて終わりじゃないか。
1つ目の記事に、外国の鉄道関係者のコメントとして「遅れたら、なぜ遅れたのか原因を調べる。」というのがあった。なぜ遅れたのか調べて、遅れない様にする。こんなわかりやすい、生産的な方法がなぜとれないんだろうか?
こちらは是非「国際標準」に従ってほしいものである。
投稿者 umemuro : 2005年05月04日 02:16
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コメント
ブログに記念すべき第一号のコメント、有難うございます。早速、asahi.com にアクセスしてみたのですが、5月2日のその
コラムを見つけられなくて・・・。
有料の記事検索システムを利用するしかないのか?と。そこまでするのもなー・・・と思いつつ、ひょっとして私の使い方が違ってる?とも。
私がいちゃもんつけたい記事は、web上にない可能性もあるのですか?
どうも、リンクを張るの意味がよくわかっていないので(著書のは娘がしてくれたし)。
投稿者 yoko : 2005年05月04日 19:11
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