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2004年09月09日
日本語と論文 (4)
(前回の続き) 結局のところこれが、多くの日本人が英語の論文が下手な(と仮定してその)理由だと思うんです。きちんと論理だった文章を書く方法を教わらずに、なんとなく模倣して「それっぽい」文章を書く様になる。その結果、論理構造がよくわからない日本語を英語に直しているか、日本語という言語の特性のために論理的に考え、文章を作るということに日頃接していないし教わってもいないから、いざ英語で論理的に書こうと思っても書けない。一方英語は(私は他の西洋の言語にそれほど精通してませんから比較して英語が一番なんてことは言いませんが、少なくとも日本語との比較において)、あるいは英語を母国語とする国、特にアメリカの文化は、ロジカルに言説を組み立てることを当然のことと考えている。小中学校からディベートで議論を組み立てる方法を教えているし、書き方についても大学ならアカデミックライティングの、ロースクールならリーガルライティングの授業がちゃんとあって方法論をきちんと教えてくれる。
しばらく前私達の大学でもアカデミックライティングの授業が大学院にできました。私は、アメリカの様に学部、それも1年生のうちに習うべきではないかと思います。そして、テクニックを習得すると同時に、日本語の翻訳ではなく、英語で考えて英語で書ける人が増えて欲しいと思います。私も鍛錬のためにここ数年は論文は原則として英語で書いています(共著者がいたりという事情が無い限り)。日ごろの考え方、文化が異なっているんだから単に言語を学んだだけでは論理的な文章は書けない。鍛錬あるのみ。

投稿者 umemuro : 2004年09月09日 21:52