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2004年07月15日

「きれいな」花のレゾンデートル

先日、サントリーらが開発した遺伝子操作による「青いバラ」の写真を見ました。写真を見たとき「きれいだな」と思いました。「きれいな」淡い青紫のバラ。「きれいな」と括弧付きで書いているのは、色そのものはとてもきれいだし、花としてもきれいだと思うのですが、これが「バラ」であることって、ある意味怖い事なんじゃないかと思ったからです。
報道されているところによると、青いバラは「不可能の代名詞」とされ、1000年近く多くの育種家が挑戦してきたけれど作る事ができなかったとのこと。つまり自然界に存在し得なかったと言う事です。それが今遺伝子操作で目の前に存在しています。これは実は、8本足の犬とか、4つ目のネコと同じレベルで「おぞましい」ものなのではないか、とふと考えてしまったのです。
件のバラは「生態系への安全性が確認できるまで」ガラスケースの中に密閉されて展示されていました。多分バイオ、特に遺伝子操作の技術は、前世紀の前半に人類が原爆で直面したのと同じ問題を考える局面にさしかかっているのだと思います。よく言われる事ですが、技術的に実現可能な事と、実現すべき事と、実現してはならない事を区別しなくてはならない時期に来ている、ということです。そして時としてそれはその時点は難しい作業です。かのアインシュタインでさえ原爆開発を当時提言してしまった事を、後年後悔しています。一方遺伝子操作は今各国で安全基準つくり、つまり何が安全で何が安全でないかの線引き作業をしているようですが、安全基準と言ったって現在までにある概念としての「安全」しか考え得ないのではないでしょうか。遺伝子を操作している訳だから、全く未知のタンパク質を作る可能性がある。それが今狂牛病(BSE)を引き起こしている異常プリオンの様に、人間を含む生態系にダメージを与える物である可能性は否定できないのでは。そんななかでそれでも基準の線引きをしようとしている。その基準が「きれいだから」とか「人の役に立つから」とか「金になるから」といった危ういもので無い事を祈るばかりです。では何を基準にすれば良いか、と聞かれれば、私が答えられる唯一信頼できる安全基準は「自然界に存在して来たもの」。少なくともそれらは安全である事、あるいはどの程度の危険があるのかを把握できているのですから。
それともあと40年後くらいには、8本足のゴールデンリトリーバーが元気に公園を走り回っていて、「犬は4本足でなくっちゃ」という私は超保守的、超懐古主義、超「ダーウィン主義」とでも呼ばれる様になっているのでしょうか?
廊下

投稿者 umemuro : 2004年07月15日 12:40