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2004年07月01日
梅室のなぜ(1) なぜ Mac を使うのか
このご時世に Macintosh を使い続けていると「なんで Mac なの?」と聞かれる事がたびたびあります。(ちなみに大学院から会社に居る間は UNIX geek でした。初めての Mac を買ったのは大学に戻ってからじゃないかな?)
今までは、その時々なんとなく「インターフェースの重要な研究の多くは Mac でなされて来たし」とか「使っているとわかるけど、実に細かいところまでユーザの立場に立った行き届いた設計がされていて快適なので、Windows に移る気がしない」とか答えていたのですが、最近 Donald Norman の著書 "Emotional Design" を読んで、初めて理由がはっきりわかった気がしました。
実は私は仕事の内容によっては Windows も使います。Windows 3.1 から数えてインストールした数は延べ100台を超えてるはず(もちろんその前はDOSも)。ただ依然として仕事のメインを Windows に移す気がしないだけです。で、Windows と Mac を使い比べてみて思う事。
Windows は、Norman の言うところの behavioral level、世間でいうところのユーザビリティ (usability) レベルを高めるように設計されているのではないかと思います(それでも Microsoft の製品は OS も application もユーザビリティは低いと思いますが)。それに対して Macintosh は、behavioral (ユーザビリティ) level はもちろんのこと、それより下位の visceral level も上位の reflective level も、全ての情報処理レベルで利用する人に満足を与えるから。これが最近気が付いた「私が Mac を使い続ける理由」です。
Windows は、visceral level では言わずもがな (なんでも Windows XP のアピアランスを MacOS X の aqua 風にするのに凝っている人が世界中に何万人も居るそうですね)。Reflective level で Windows が満足を与えるとすれば、難解で勉強しないとマスターできない技術を苦労の末手なずけた達成感くらいでしょう。私にとってコンピュータは創造活動の道具であり、ハッカーになるつもりはありませんので、この手の reflective level の満足はご免です。一方で去年の8月に来日した時、Norman が iPod を例にとって言っていましたね。「Apple の製品は、それを使っている人に自身が "special" な人間であると思わせてくれる」と (もっともこの "special" は、穿った見方をすれば "奇人" にもなりますが、その辺の joke も引っ掛けた発言だったのでしょう)。 以上の viceral, behavioral, reflective の議論をもっと知りたい人は、是非 Norman の本を読んでみて下さい。
なお、Mac を使わない理由に「Windowsユーザと Word のドキュメントなどを交換する時にフォーマットなどが狂うから」といった点を挙げる人が居ますが、これは日本語のドキュメントの話か、MacOS 9 以前の話かのどちらかですね。私は海外と英語の Word のドキュメントを交換しながら仕事をしていますが、OS X と Office v.X の環境で、フォーマットで困った事はありません。

投稿者 umemuro : 2004年07月01日 23:55